「大人」は何も表さない。「二十歳以上」という意味以外のなんの形容にもならない。
年長者への特別な敬意など必要ない。あくまで個人的見解に過ぎないけど、わりかし本気でそう思っている。
ぼくは、頻繁に公共の図書館へ足を運ぶが、新聞コーナーに「盗難はおやめください」という趣旨の張り紙が貼ってあり、雑誌置き場もところどころで「今月の『◯◯12月号』は所在不明になりました」と遠回しに盗まれた旨を示す札が貼られていたりする。ぼくはその図書館で新聞を読む若者の姿を見たことがないし、盗まれた雑誌は中年向けの雑誌がほとんどだ。というか、そもそもティーン向けの雑誌はその図書館には置いていない。つまり、これらは大人による犯行だと断定してもよいとおもう。
これに限らず、「自分は、人の悪いところだけを見ようとしているのではないか」と自己嫌悪に陥りかねないほど、この手の大人のマナー違反は枚挙にいとまがない。
就職活動や接客業をしてみたりとここ一年、二年は多くの大人と出会う機会があった。尊敬できる大人に出会えた一方で、大人に幻滅することもあった。まあ常識的に考えればそうだ。良い大人もいれば悪い大人がいて、悪い大人もいれば良い子どももいる。おっさんやおばさんになっても新聞を盗んだり店員にキレたりする輩もいれば、10代で組織を立ち上げ社会問題の解決に取り組む人もいるわけで。もはや、年齢に大した意味は持たないのではないかと思う。
だから、ぼくは20歳を境にした「大人と子ども」という括り自体に懐疑的になり、「大人だから」「目上だから」という大した根拠も中身もない理由で特別に敬意を表する必要はないと思った。
ただ、ぼくは年長者に敬意を表さない訳ではない。年長者にも敬意を表するが、それは「年長者だから」という理由でなく、敬意はひとりひとりの人間すべてに表するべきだと思っているからだ。だから、年齢や役職が下の人に対しても尊敬の念を持って対峙すべきだと思う。また、相手が年上だからといって過剰にへりくだる必要はないと思う。ある一定以上の敬意が担保されているのであれば、年上に対する敬意の度合いと年下に対する敬意の度合いは同等で構わないと自分は思っている。
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