格差の末に
先日、日経新聞にこんなインタビュー記事が出ていた。その中で、「反グローバルのうねりが出ています」という記者の一言に対し、教授は以下のように述べた。
「英国の欧州連合(EU)離脱決定やトランプ氏の当選は、所得の二極化が背景にある。トップ層はいつまでも金持ちなのに、中産階級より下はどんどん所得が下がっている。昔はアメリカンドリームで成功するチャンスがあったが、今は少なくなっている」
僭越ながら、ぼくはこの発言に対し物申させていただく。 まず、この短い発言の中でこの教授は2つ過ちを犯しているとぼくは思っている。
1つは、アメリカンドリームが以前よりも難しくなってきているという発言。
もう1つは、所得格差拡大の要因を、アメリカンドリームの減少(ドリームの実現困難性の高まり)としてしまっていること。
まず前者について。ぼくは、教授と真逆の考えで、むしろアメリカンドリームは以前より、実現しやすくなってきていると感じている。例えば、InstagramやYoutubeなどのSNSから生まれた芸能人は最近よく見かける。また、無名でも実力さえあれば、自分の小説やアート作品などを発表できるプラットフォームがもう既に整備されている。そこから生まれたスターももういるはずだ。 従って、社会構造の進化によって、昔より自分の声を不特定多数のだれかに届けやすくなり、才能と努力がある人にはしかるべき恩恵が報われる社会が一部では実現しつつあると思っている。だから、アメリカンドリームの門戸は昔より開かれたと考えている。(というかそうであってほしいと信じてるところもあるんだけど。)
後者(所得格差の原因を、アメリカンドリームの減少としてしまっていること)について。これは超シンプル。この教授はアメリカンドリーマー減少を半ば残念がっているが、巨万の富を得てしまうアメリカンドリーマーが増えてしまえば、さらに格差は拡大しちゃうでしょ。
本当の原因は、昔だったら、普通に働いていれば普通に享受できていたであろうリターンを、今の時代は受け取りにくくなっていることに原因があると思う。アメリカンドリームの成功とかそんなダイナミックな話でなく、国民の多数を占めるであろう、これといって秀でた能力がないもしくはそれに気づいていない人々の、一歩の前進に対しその一歩分だけの対価を払うこと。 例え資本主義社会でも「どうせ頑張っても無駄だ。」が蔓延すれば、社会主義の悪い部分として語られる典型パターン「頑張らなくても給料もらえるから、頑張らなくていいや。」と、ほぼ同等な状況に堕してしまう。 このように過剰格差容認資本主義の末は、社会主義的怠惰が待ち受けているのではないかと危惧している。
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