言葉の重み(後編)

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戦後数年間、物資が乏しくいかに生活が苦しかったか、そしてその生活が1950年の朝鮮戦争特需によって徐々に改善していったこと。隣国の”戦争”によって日本が潤い、自分自身の生活水準も向上していったことを気の毒そうに語ってくれた。

ぼくはそのあたりで、思い切って聞いてみた。

「失礼ですがおいくつなんですか」

「昭和2年生まれや」

終戦の年である1945年が昭和20年というのは覚えやすいので、それだけはぼくも記憶していた。それを目安に数秒間頭の中で素早く暗算をした。ぼくは驚いた顔で言った。

「89歳ですか」

「そう、もうすぐ90や」隣に座っていたもうひとりの老人(60〜70 歳に見えた)も、「このおじいさんすごいやろ」とぼくに言った。

戦中は、現在のJR鷹取駅の北に位置する場所で、竹槍を脇に抱え匍匐前進の訓練をしていたこと。カタカナなどの横文字の使用が禁止されていたこと。さらにぼくの質問にも丁寧に答えくれた。政府から一般市民まで好戦的に見えた日本が一変、戦後は平和主義国家としての道を歩めたのはなぜか。歴代の首相で好きな人はいたか、最近田中角栄の本が流行っているがどんな人だったのか、などなど。気づいたら、ジャーナリスト気分で質問攻めにしてしまっていた。

翻って、ぼくは最後に人生の先輩へ素直に気になったことを質問してみた。

「おじさんたちがぼくみたいな年齢のころ、自分の将来について何かこう、漠然とした不安とか感じませんでしたか」

初老の人が口火を切った。「わしの時代はみんながみんな豊かになっていった。でも、今の時代は少しちゃうのう。一部の人間だけが稼いで、大半の人は苦しいかもしれんな」

「でも、あなたも頑張らんといかんよ。人生は意外と短いで。最近は定年伸ばして60越えても仕事させようとしとるけど、やっぱりきついよ。体力もやし徐々に頭もボケ始めるし。だから、いくら寿命は長い言うてもほんまにバリバリ動けるのって40か50くらいや。今のあなたの年齢から逆算してみい。」

「確かに。まだ22とかですけど、時が過ぎる早さは感じてます」ぼくは言った。

「だから、とりあえずなんでもええから挑戦しい。何回でも失敗してもええから。とにかく行動、チャレンジや。そうしたら、何かが見えて来る」ぼくみたいな見ず知らずの青年に、こんな言葉をかけてくれることにぼくは何て表現したらいいのか分からないけどとにかく感動した。そして、その初老の人がかけてくれた言葉は、ぼくが求めていた言葉でもあった。

尊敬する人や著名人の本を読み漁っているうちに分かった彼らの共通点、それは肝心なところでちゃんと「一歩を踏み出していた」ことだった。だから、その初老の人がぼくに送ってくれた言葉は正直目新しいものであったわけではない。しかし、ぼくが驚いたのは何でもない普通の老人が「行動」の重要性を説いてくれたことだった。

危うくぼくはおじいさんに泣かされるところだった。

ふとぼくが時計を見上げると露天風呂に移動してから30分以上も経過していた。そのタイミングで、お二方は腰を上げた。そして、去り際に89歳のおじいさんが声をかけてくれた。

「まあ生きてりゃいいことあるよ」

ぼくはなるべくハキハキした声で2人のご老人に、この出会いと貴重なお話にお礼を伝えた。

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