日本のファッション誌について

蔦屋書店で国内外の雑誌を漁っていると、日本のファッション誌の異質さに気づく。

海外ファッション誌は、ビジュアルを多用しその雑誌ならではの世界観丸出しで、「見せる」内容という意味では、アートブックさながらの様相を呈している。

一方、日本のファッション誌は、ファッションの装い方、例えば「袖捲りは、◯回折り返す」「ゆったりしたシルエットのボトムスを選ぶなら、トップスはコンパクトにしAラインを演出し、云々」など教科書的な性格が強い(ことに女性誌では)。少なくとも蔦屋書店に置いてある海外ファッション誌で、スタイリングについてとやかく指南するようなページは見たことがない。

言ってしまえば日本のファッション誌は、読者をなめている。「あなたたちダサいから、わたしたちが着こなしを教えてあげる」と言わんばかりの上から目線。むしろ、「いつまでダサい子供でいて、この雑誌を買い続けてね」と、おしゃれ初心者のファッション誌への依存体質を強固なものにし、彼らをドル箱に育て上げようとする読者の自立を促さない親バカたちのようだ。

ちなみに、欧米のファッション誌を褒め称えているわけでは全くないし、着こなしを教授するファッション誌もあってしかるべきであると思う。ただ、国内の数あるファッション誌が、総じて教科書的性格に同質化している現状に嫌悪感を抱いているだけです。

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