読まれる文章

ぼくが政治や報道、文章を書くことに興味を持ったきっかけの一つは、ニュージャーナリズムという60年代のアメリカで生まれたジャーナリズムの新しいスタイルを知ったことでした。

それは、雑誌ポパイのコラムを読んでいるときにふと目にしたワードでした。それから、ぼくは本屋や図書館、ネットでニュージャーナリズムについて探るようになりました。

そもそもニュージャーナリズムといのは、(定義が様々な場合もあるようですが)一言で言えば小説とジャーナリズムの中間にあるものだと思います。例えば、ノンフィクションやルポルタージュと分類されるものに当たります。ぼくたちが普段目にする新聞は、客観的に物事が綴られており、筆者と取材対象の間にそれなりの距離があることを感じさせる文章が基本的です。一方、ニュージャーナリズムというのは、より取材対象に差し迫ったポジションから、いわば事件の当事者的に文章を書くわけです。従って、記事に「わたしは」などの一人称が入り込む余地が多いにあるわけです。

このニュージャーナリズムを用いた一番のメリットとしては、たぶん温度感が伝わることだと思います。事実を淡々と述べる客観的な記事に比べ、現場の熱量、筆者や取材対象者のパーソナルな部分が肌感覚で伝わる結果、「読み物」としても楽しめるようになっていることがポイントだと思います。

ジャーナリズムは公平中立、不偏不党、客観性を絶対視するものと決め込んでいたぼくは、このニュージャーナリズムを知り驚いたわけです。

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