長い詩のような小説(1)

小説『オンザロード(旧訳のタイトルは『路上』)』を少し前に読み終えました。

これはビートジェネレーションという50、60年代のアメリカ文学運動の

一丁目一番地とも言える作品。

そして、時代や環境が大きく変わっても、人が抱く感情は少しも変わらないんだってことを教えてくれる。そんな物語です。

ぼくにとってこの物語との最初の出会いは、

実は小説よりも映画が先でした。

大学1年か2年のころ有楽町の映画館で見ました。

当時は、小説を映画化したものとはつゆ知らず、

興味本位で劇場に足を踏み入れたのでした。

上映前館内で、『路上』という原作小説を眺めている人を幾人か目にし

た時、上記のいきさつをようやく理解したのでした。

あと、原作を小脇に抱えた人たちが、いい年のとり方をされていて、またすごく粋な雰囲気を

放っていたことは今でも覚えています。これは、決して有楽町という土地柄からではなく、

この作品がそうさせてたんだとぼくは思います。

その後、あらためて小説も読みたいと思ったのは、

しばらく経ってからでした。

松浦弥太郎氏のエッセイが好きでいくつか本を読んでいて

度々出てきたのが、この『オンザロード/路上』でした。

松浦さんが、二十歳前後で必死に人生を模索していたときにも

読んでいたと知り、読まずにはいられませんでした。

退廃的で非生産的で無意味とも思えることに対しても、

一心不乱に、狂ったように全生命を捧げるディーン・モリアーティ。

でも、そこには、今も確かに”生”が与えられていることを感じさせる。

自由の国アメリカをアメリカたらしめたのも、この作品だとぼくは思います。

小説を読んだ今、もう一度映画を見てみたいなと思っています。

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