平和は努力して作り出すもの

9条改正や安保法制の問題。

何度も何度も考えてはみても、

いっこうに明確な答えはでません。

ただ、明確な結論とまではいかなくても

ある程度、途中まで整理できた部分だけでも

自分の主張を書いてみたいと思います。

今夏の参院選のときなど、いずれは決断を下すべきときが必ずくるので。

*平和を考える

まず、端的に言うと、どのように改正するかは別として

9条改正には賛成です。

「9条断固保持、安保法制は戦争法案」と口先だけで唱えている人には少し疑問を抱きます。

「平和」と真正面から向き合っているのか、本当に平和について深く考えた

ことがあるのかなと。

もちろん、ぼくだって平和が一番です。それは絶対。

ただ、平和を実現する手段として、

「平和平和」と連呼しているだけでは不十分だと思うんです。

例えば、第一次世界大戦の反省から平和主義をとっていたヨーロッパも、

ナチスの侵攻を受けた。戦後チャーチル首相は

平和主義のために宥和政策を選択し、結果的に戦争に巻き込まれた

イギリスのチェンバレン首相を批判しました。

つまり、平和主義にも関わらず、戦争に陥った国は

過去にもあるということです。

*平和を唱えるだけでなく、それを実現する手段が必要

平和という状態は、あくまで結果であり目的であること。

その結果を得るため・また目的を達成するためには、手段が必要なんです。

例えば、経営理念や「売上倍増!」と、毎日連呼しているだけでは

それは実現しない、ということと一緒です。

平和を実現する手段。それは、冷戦時代においては抑止力(核)だった。

もちろん、最良の手段は、話し合い、つまり外交だと思います。

ただ、現代に当てはめても分かりますが、

北朝鮮のように話し合いをそもそも拒否する国もあるわけです。

だから、なんでもかんでも話し合いで解決しようとするのは、

理想主義的で現実的ではないということです。(ちなみに、話し合いの姿勢を捨てろという意味ではありません)

また、他国の侵略から、私たちの平穏な暮らしを保持する

という意味での「平和」の実現のためには、国防が必要です。

そのためにも、現憲法下では違憲状態とも言える自衛隊の存在を、

明確に憲法で認めるべき(それが立憲政治でもある)という思いからも、

9条改正は必要だと思います。

*一抹の不安

ただ、安保反対派の意見としての、

「戦争に巻き込まれる恐れがある」というのは

確かにぼくにとっても、一番の懸念事項です。

特に、既に制定された安保法制の下で、

自民党草案の9条になってしまうことは少し怖いです。

なぜ怖いのか、どこが怖いのか。

それについては、長くなってしまったので今度書きます。

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