一瞬の光を捉えるアート

*写真機よりも五感で

椎名林檎 /閃光少女

”切り取ってよ、一瞬の光を
写真機は要らないわ 五感を持ってお出で
私は今しか知らない 貴方の今に閃きたい”

先日好きなアーティスト(椎名林檎ではないです)のライブに行き、多くの観客の人たちがスマホを頭上に掲げ写真や動画を撮っている光景を目にしました。

そのとき、まさに上記の歌詞そのままの状況を目の当たりにしたと気づいたんです。

(椎名林檎風に言えば)アーティストがおそらく一生でもっとも閃いている一瞬の光を、果たして(スマホ片手に)私たち観客は感じとることができるか疑問に思いました。

(ちなみに、ライブで写真を撮る人を真っ向から否定しているわけではないです。ぼくも撮ります。それは、大好きなアーティストとひとつの場所と時間を確かに共にしたという証を、これからもずっと携えていきたいという気持ちは自然なことだと思うからです。

ただ、少しだけ言いたかったことは、撮影するよりも、自分の五感を最大限に働かせて今を感じ、記憶として刻みこむことのほうが、ぼくには、とっても贅沢なことだと思うんです。)

*椎名林檎でアートを考える

かくいいつつも一方で、逆説的にこうも思ったんです。

優れたアートは、その一瞬の光を的確に捉えた(もしくは描いた)ものじゃないかって。

もっと言えば、その一瞬の光を捉えたアート作品は、見る人に五感を喚起させる力があると。

要は、椎名林檎は

”切り取ってよ 一瞬の光を
写真機はいらないわ 五感を持ってお出で“

と述べていますが、五感でしか感じることのできないその一瞬の光を、写真機で捉えてしまった写真がアートとして評価されているのではという仮説です。


Saul Leiter「Man in Starw Hat(1955)」

超絶個人的意見ですが、ぼくはこれを見て、現場の空気感や温度感が一枚の写真にうまく密封されていると思ったんです。

と同時にこの写真を見つめた瞬間に、シャッターによって閉じ込められた当時の空気感が、まるで栓をポンっと開けるようにして、ぼくの心の中で一気に充満するような感覚に陥りました。

言い換えれば、撮影者であるソールライターが感じた一瞬の光を追体験できた感覚です。

ぼくは、そんなアートが好きです。

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