<rss version="2.0" xmlns:content="http://purl.org/rss/1.0/modules/content/" xmlns:wfw="http://wellformedweb.org/CommentAPI/" xmlns:dc="http://purl.org/dc/elements/1.1/" xmlns:atom="http://www.w3.org/2005/Atom"><channel><title>POLITICS/BUSINESS | Write It Down</title><link>https://writeitdown.amebaownd.com/posts/categories/418987</link><description>POLITICS/BUSINESSの一覧</description><atom:link href="https://writeitdown.amebaownd.com/rss.xml?categoryId=418987" rel="self" type="application/rss+xml"></atom:link><atom:link href="http://pubsubhubbub.appspot.com/" rel="hub"></atom:link><item><title>格差の末に</title><link>https://writeitdown.amebaownd.com/posts/1851265</link><description>&#xA;&#x9;&#x9;&lt;div&gt;&#xA;&#x9;&#x9;&#x9;&lt;p&gt;先日、日経新聞にこんな&lt;a href=&#34;http://www.nikkei.com/article/DGKKZO11245300R31C16A2MM8000/&#34; class=&#34;u-lnk-clr&#34;&gt;インタビュー記事&lt;/a&gt;が出ていた。その中で、「反グローバルのうねりが出ています」という記者の一言に対し、教授は以下のように述べた。&lt;/p&gt;&lt;blockquote&gt;「英国の欧州連合（ＥＵ）離脱決定やトランプ氏の当選は、所得の二極化が背景にある。トップ層はいつまでも金持ちなのに、中産階級より下はどんどん所得が下がっている。昔はアメリカンドリームで成功するチャンスがあったが、今は少なくなっている」&amp;nbsp;&lt;/blockquote&gt;&lt;p&gt;僭越ながら、ぼくはこの発言に対し物申させていただく。&amp;nbsp;まず、この短い発言の中でこの教授は２つ過ちを犯しているとぼくは思っている。&amp;nbsp;&lt;/p&gt;&lt;p&gt;&lt;br&gt;&lt;/p&gt;&lt;p&gt;１つは、アメリカンドリームが以前よりも難しくなってきているという発言。&lt;/p&gt;&lt;p&gt;もう１つは、所得格差拡大の要因を、アメリカンドリームの減少（ドリームの実現困難性の高まり）としてしまっていること。&lt;/p&gt;&lt;p&gt;&lt;br&gt;&lt;/p&gt;&lt;p&gt;&amp;nbsp;まず前者について。ぼくは、教授と真逆の考えで、むしろアメリカンドリームは以前より、実現しやすくなってきていると感じている。例えば、InstagramやYoutubeなどのSNSから生まれた芸能人は最近よく見かける。また、無名でも実力さえあれば、自分の小説やアート作品などを発表できるプラットフォームがもう既に整備されている。そこから生まれたスターももういるはずだ。&#xA;従って、社会構造の進化によって、昔より自分の声を不特定多数のだれかに届けやすくなり、才能と努力がある人にはしかるべき恩恵が報われる社会が一部では実現しつつあると思っている。だから、アメリカンドリームの門戸は昔より開かれたと考えている。（というかそうであってほしいと信じてるところもあるんだけど。）&lt;/p&gt;&lt;p&gt;&lt;br&gt;&lt;/p&gt;&lt;p&gt;&amp;nbsp;後者（所得格差の原因を、アメリカンドリームの減少としてしまっていること）について。これは超シンプル。この教授はアメリカンドリーマー減少を半ば残念がっているが、巨万の富を得てしまうアメリカンドリーマーが増えてしまえば、さらに格差は拡大しちゃうでしょ。&amp;nbsp;&lt;/p&gt;&lt;p data-placeholder=&#34;&#34;&gt;&lt;br&gt;&lt;/p&gt;&lt;p&gt;本当の原因は、昔だったら、普通に働いていれば普通に享受できていたであろうリターンを、今の時代は受け取りにくくなっていることに原因があると思う。アメリカンドリームの成功とかそんなダイナミックな話でなく、国民の多数を占めるであろう、これといって秀でた能力がないもしくはそれに気づいていない人々の、一歩の前進に対しその一歩分だけの対価を払うこと。&#xA;&#xA;例え資本主義社会でも「どうせ頑張っても無駄だ。」が蔓延すれば、社会主義の悪い部分として語られる典型パターン「頑張らなくても給料もらえるから、頑張らなくていいや。」と、ほぼ同等な状況に堕してしまう。&#xA;このように過剰格差容認資本主義の末は、社会主義的怠惰が待ち受けているのではないかと危惧している。 &amp;nbsp;&lt;/p&gt;&#xA;&#x9;&#x9;&lt;/div&gt;&#xA;&#x9;</description><pubDate>Thu, 05 Jan 2017 09:15:22 +0000</pubDate><guid>https://writeitdown.amebaownd.com/posts/1851265</guid><dc:creator>なかむら</dc:creator><category>POLITICS/BUSINESS</category></item><item><title>みんながみんなグローバル人材にならなくてはいけないのか</title><link>https://writeitdown.amebaownd.com/posts/1813626</link><description>&#xA;&#x9;&#x9;&lt;div&gt;&#xA;&#x9;&#x9;&#x9;&lt;p&gt;「グローバル人材の必要性」をマスコミが喧伝し、それに尻を叩かれるような形で各大学が「国際なんちゃら学部」を乱立させるという動きが少し前まで盛んに行われていたように感じる。しかし、日頃ニュースに関心のある方ならご存知の通り、グローバル経済の基軸であるEUやTPPからの各国首脳級人物による離脱宣言、移民抑制を狙う極右政党の世界的台頭など、時代の風向きは着々と内向きへ変わってきている。また、日本国内だけを見ていても、いよいよ首都圏の過密でストレスフルな生活から逃れる手段として、田舎の魅力を再発見・後世に遺そうとする地方創生の取組みとして、訪日外国人観光客にもっとディープで昔ながらの日本を楽しんでもらう試みとして、グローバル経済に一番近いと思われる東京から地方へ回帰する動きがある。これらのニュースだけを鑑みたらとてもじゃないが、「若者よ、みんなグローバル人材になろう」みたいなことはまともな大学であれば、今では恥ずかしくて言えないはずである。&amp;nbsp;&lt;/p&gt;&lt;p&gt;ただ、自分はグローバル人材の必要性を全否定しているわけではない。むしろ、今の混迷した世界状況を安定化させるためには、これまで以上に高度なグローバル人材が必要になると思う。つまり、量ではなく質の問題だ。偏差値70台から30台まで首都圏から地方までのあらゆる大学で「国際なんちゃら学部」を作る必要がないと思うだけだ。&lt;/p&gt;&lt;p&gt;&amp;nbsp;また、グローバル人材は言語の問題だけでなく、価値観や生活習慣などの文化の違いを受け入れる（寛容する）こと、平たく言えば多様性のある社会でも生き抜く能力が必要だとよく言われる。しかし、これはもはやグローバル人材だけに必要な能力とは言えない。人種的な多様性に乏しいといわれる日本社会であるが、多様性がないわけではないのだから。同じ肌の色で同じ日本語を話し同じ日本という文化圏で暮らしていても、考え方や話し方、普段の生活、仕事や人生に対する価値観は人によってまちまちだ。つまり、日本人ばかりの日本社会にも、立派な多様性が存在している。 日本だけでビジネスを行っている企業でも、相手の価値観を尊重できず自らの価値判断を相手に押し付けようとする前近代的な企業は、今後さらに人材不足が顕著に現れるであろう日本社会では容赦なく淘汰されていくに違いないとぼくは思っているし、そうなってしかるべきだとも考えている。&lt;/p&gt;&lt;p&gt;つまるところ、グローバル人材再考の時期に来ていると勝手に思っています。グローバル人材の第2フェーズ。&lt;/p&gt;&#xA;&#x9;&#x9;&lt;/div&gt;&#xA;&#x9;</description><pubDate>Sun, 25 Dec 2016 06:23:21 +0000</pubDate><guid>https://writeitdown.amebaownd.com/posts/1813626</guid><dc:creator>なかむら</dc:creator><category>POLITICS/BUSINESS</category></item><item><title>残業させる前に</title><link>https://writeitdown.amebaownd.com/posts/1771228</link><description>&#xA;&#x9;&#x9;&lt;div&gt;&#xA;&#x9;&#x9;&#x9;&lt;p&gt;過労自殺、長時間労働、働き方改革…そんな言葉をよく聞く。&lt;/p&gt;&lt;p&gt;そもそも業務量が増えたならば、”安易に”残業で対処しようとする考えはどうなんだろう。”まず”は、時間あたりの生産効率を上げることを考えるべきじゃないのか。&lt;/p&gt;&lt;p&gt;大勢かつ異様に長い会議を減らすこと（効率化すること）、組織内のコミュニケーションを円滑化精緻化することで無駄な仕事を減らすこと（例えば、上司の業務の指示が曖昧なばかりに、部下が上司の期待外れの仕事をしてしまい、やり直しを食らい、結果的に残業につながるという場合はよくあると思う。（原因は、指示の確認を怠る部下にももちろんある。）このような事例も、両者の間で業務内容に関し、適切なやりとりが施されていたならば、防げる事案）&lt;/p&gt;&lt;p&gt;つまり、何が言いたいかって、日々の業務の無駄はたくさんある。それを野放しにして短絡的に残業を促す経営者というのは、自ら経営を放棄していると言える。無駄の効率化。それが経営者の腕の見せ所かつ醍醐味ちゃうんかい。って思うのですが。&lt;/p&gt;&#xA;&#x9;&#x9;&lt;/div&gt;&#xA;&#x9;</description><pubDate>Wed, 23 Nov 2016 15:05:00 +0000</pubDate><guid>https://writeitdown.amebaownd.com/posts/1771228</guid><dc:creator>なかむら</dc:creator><category>POLITICS/BUSINESS</category></item><item><title>国家的分断について(1)</title><link>https://writeitdown.amebaownd.com/posts/1771205</link><description>&#xA;&#x9;&#x9;&lt;div&gt;&#xA;&#x9;&#x9;&#x9;&lt;h2&gt;＊これからは日本人が政治に関心を抱くようになる？&lt;/h2&gt;&lt;p&gt;トランプ氏が次期大統領に決まったことによる日本への影響のなかで、ぼくが一番関心を抱いているのがマスコミも頻繁に伝えている通り日本の国防についてです。（トランプ氏は、日本の核保有の容認、在日米軍の撤退を示唆していたり、駐留費の引き上げを日本に求めている）&lt;/p&gt;&lt;p&gt;つまり、アメリカの核の傘によって担保されていた日本の安全保障が不安定になっているのです（報道を見ていると、撤退まではさすがにしないというのが大方の予想ですが…。ちなみに、ずっと前にも書いたけど憲法９条は、日本側から戦争を”起こさなかった”理由にはなっても、戦争が”起きなかった”理由としては十分ではありません。当たり前ですが、他国は日本の憲法９条を守る必要性がないからです）。&lt;/p&gt;&lt;p&gt;そのため、今後は日本の安全保障問題とセットで憲法改正に関する議論も高まってくるのではないかとメディアも予測しています。最終的には国民の直接選挙で決まる憲法改正手続きの性質上、今後は一部の政治家やマスコミだけでなく、国民ひとりひとりが政治的議論に前向きに関与していくでしょうし、そうでなっていかなければならないと思います。&lt;/p&gt;&lt;h2&gt;＊一方で心配なこと。。&lt;/h2&gt;&lt;p&gt;それはたぶん喜ばしいことかもしれませんが、ぼくにはひとつ憂慮があります。&lt;/p&gt;&lt;p&gt;今回のアメリカ大統領選やイギリスのEU離脱問題に関する報道を見ていると、国家の深い分断を強く感じます。同じ国に住む仲間であるはずなのに相手に罵声を浴びせたり、暴力的なデモを行っている映像を見ていると、げんなりすると同時に「この人たち、政治にすごい深く関わっているな」って思います。&lt;/p&gt;&lt;p&gt;ぼくが言いたいのは、こうです。国民が政治に関心があればあるほど、国家が乱れるんじゃないかってことです。もっと言えば、国家を二分し互いに憎悪を深め合うんじゃないかって心配をしています。その点、今の日本は他の国々と比べると政治に無関心の人が大半（もちろん確証はないですが、肌感覚で）で、それが理由なのか国内はいたって平和です。そこで極論すると、国民を政治に対し、無知・無関心のままにさせておく方が、少なくとも国内情勢に関しては平穏を保てるのではないか、っていう仮説が成り立つとぼくは思います。&lt;/p&gt;&lt;p&gt;しかし、冒頭で述べた通りトランプ大統領就任を機に日本の国防問題（→憲法改正問題）はこれまで以上に俎上にあがるはずであり、国民の政治的関心も高まることが予想されます。それは、日本でも国家的な分断を生む引き金になるんでしょうか。&lt;/p&gt;&lt;p&gt;国家的な分断を引き起こしてでも国民レベルで議論を行わなくてはいけない問題が必ずあるに違いない、とも思うのですが。。そう考えると政治はすごく難しい。&lt;/p&gt;&#xA;&#x9;&#x9;&lt;/div&gt;&#xA;&#x9;</description><pubDate>Sat, 12 Nov 2016 14:59:00 +0000</pubDate><guid>https://writeitdown.amebaownd.com/posts/1771205</guid><dc:creator>なかむら</dc:creator><category>POLITICS/BUSINESS</category></item><item><title>ちょっと一言</title><link>https://writeitdown.amebaownd.com/posts/1771199</link><description>&#xA;&#x9;&#x9;&lt;div&gt;&#xA;&#x9;&#x9;&#x9;&lt;p&gt;約１年にわたる長いアメリカ大統領選が終わりました。&lt;/p&gt;&lt;p&gt;ぼくが政治に関心を持ち出したのも、ちょうど1年ほど前くらいなので何だか勝手に感慨深い気持ちになっていました。&lt;/p&gt;&lt;p&gt;まあそんなことはどうでもいいとして、結果はトランプ氏になりました。&lt;/p&gt;&lt;p&gt;今回はちょっと気になったことだけ少しだけ書いておきます。&lt;/p&gt;&lt;p&gt;それは、トランプ氏が次期大統領に決まったことを嘆く、アメリカのセレブリティたちのコメントです。&lt;/p&gt;&lt;blockquote&gt;＞フォロワー数世界一の約９４００万人を誇る歌手ケイティ・ペリー（３２）は「ずっと座っていてはいけない。泣かないで動くんだ。嫌われ者が率いる国にはしない」とツイート。歌手マドンナ（５８）も、ツイッターで「新たな火が付いた。私たちは決して諦めない。そして決して屈しない」などと抗議の言葉を投稿した&lt;br&gt;&lt;/blockquote&gt;&lt;p&gt;（もちろんこれらの発言は、差別的な発言をするトランプ氏本人”のみ”を意識したコメントであるとは認識しつつも、）この発言によって間接的にはトランプ氏を支持する何千万の人々までを否定していることを、このセレブリティの人たちは分かっているのか心配になりました。&lt;/p&gt;&lt;p&gt;ブレグジットのときは、労働者階級向けの大衆紙などが、高級紙と拮抗する形でEU離脱を唱えていた。一方、今回の大統領選において、現地マスコミ各社ほぼ全てが反トランプだった。にも関わらず…の事態を重く受け止めねばならないと思います。&lt;br&gt;&lt;/p&gt;&#xA;&#x9;&#x9;&lt;/div&gt;&#xA;&#x9;</description><pubDate>Sat, 12 Nov 2016 14:58:00 +0000</pubDate><guid>https://writeitdown.amebaownd.com/posts/1771199</guid><dc:creator>なかむら</dc:creator><category>POLITICS/BUSINESS</category></item><item><title>国家的分断について(2)</title><link>https://writeitdown.amebaownd.com/posts/1771210</link><description>&#xA;&#x9;&#x9;&lt;div&gt;&#xA;&#x9;&#x9;&#x9;&lt;h2&gt;＊国家的分断を起こさないために&lt;/h2&gt;&lt;p&gt;じゃあどうしたら分断を回避できるっかていうと、ひとりひとりが批判を受け入れることだとぼくは思います。&lt;/p&gt;&lt;p&gt;護憲派が多く集まる小規模な勉強会で、ぼくが改憲を唱えたときの、唐突に訪れた場の異様な静まり具合と無表情で睨みつけるようなぼくに対する視線の怖さっていったらもうなんかすごかった。一方で、どこかの改憲派集会において護憲を唱えた結果、ぼくと同じような経験をした人もいたに違いない。&lt;/p&gt;&lt;p&gt;もっとも、こんな経験なんて全然ましなほうで、社会では自分とは違う意見の人に対し暴言や暴力を行使する人もいることを思うと、本当につらい。ぼくが思う批判を受け入れず偏執狂的に政治信条を持っている人々に感じる気持ち悪さは、同じ意見の人々で集まり互いに持論を褒め称え合う賛同他者を用いた同時多数的なマスターベーション行為と、我らこそが”唯一”の正義だと言わんばかりの内輪的ノリの世間知らずさ、並びに批判に対し過敏に反応してしまう５歳児並みの精神的な幼稚さにある。&lt;/p&gt;&lt;p&gt;まあ上記文章こそがもはや暴言でもあるので、ぼく自身にも気持ち悪さはあります。&lt;/p&gt;&lt;p&gt;ただ、やはりぼくたちはもっと寛容でいなければならないと思う。批判に笑って対処できるような広い心を持っていなければ冷静な議論もできません。ぼくも含め国民全体が、今すぐそうなることは無理かもしれないけど、目指すべきところではあると思います。&lt;/p&gt;&#xA;&#x9;&#x9;&lt;/div&gt;&#xA;&#x9;</description><pubDate>Fri, 11 Nov 2016 15:01:00 +0000</pubDate><guid>https://writeitdown.amebaownd.com/posts/1771210</guid><dc:creator>なかむら</dc:creator><category>POLITICS/BUSINESS</category></item><item><title>振られることを恐れる女々しいビジネスマン</title><link>https://writeitdown.amebaownd.com/posts/1771195</link><description>&#xA;&#x9;&#x9;&lt;div&gt;&#xA;&#x9;&#x9;&#x9;&lt;p&gt;「データ、データ」ってよく聞きます。ポイントカードやSuicaも、ぼくたちの年齢、性別、消費動向などを集めてビッグデータ？として、新商品開発のためのマーケティングの材料に使っているとか聞きます。&lt;/p&gt;&lt;p&gt;「◯◯（場所）に居る若者は◯◯をよく買ってるぞ。それならこんな商品作ってみたら売れるんじゃないか！」&lt;/p&gt;&lt;p&gt;このように大人の人たちはデータとにらめっこして、自分たちの未来予想図を作ろうとしています。&lt;/p&gt;&lt;p&gt;これは合理的だと思うし、一定以上の効果は発揮しているとぼくも思います。&lt;/p&gt;&lt;p&gt;ただ、自分自身大学のビジネスコンテスト的な授業で、先生や企業の人から浴びせられる「データは？提案に対する裏付けはあるの？」という質問が、なんか嫌いでした。&lt;/p&gt;&lt;p&gt;そもそもデータで予想できるほど人間は単純ではないし（できるのであれば赤字企業なんて存在しないはず）、データで簡単に予測できることは面白くない（驚きがないから。予想＝期待の範囲内を超えないから）と思っていたからです。&lt;/p&gt;&lt;p&gt;あと、自分自身が気になる商品やサービスは、「データが〜だからこれは売れる！」の発想から生まれた商品より、「これはぜってー楽しいしおもろい」とまず作り手側自身のワクワクが伝わって来る商品のほうが好きになることが多いからです。&lt;/p&gt;&lt;p&gt;その思考って、「市場や消費者の思いを第一に考えましょう。」っていう大学時代経営学の授業で正義なものとして習ったマーケットイン思考とは相反するものだけど、これからは、というか既に、巷でいうイノベーションみたいなものは、「俺、告白しても、絶対振られないよな？」と友人伝いに確証をしきりに得ようとするような女々しいビジネスマンより、自分の思いをストレートに伝えようとする職人気質の人々から起こるんじゃないでしょうか。&lt;/p&gt;&#xA;&#x9;&#x9;&lt;/div&gt;&#xA;&#x9;</description><pubDate>Sat, 05 Nov 2016 14:56:00 +0000</pubDate><guid>https://writeitdown.amebaownd.com/posts/1771195</guid><dc:creator>なかむら</dc:creator><category>POLITICS/BUSINESS</category></item><item><title>忌避される話題</title><link>https://writeitdown.amebaownd.com/posts/1771126</link><description>&#xA;&#x9;&#x9;&lt;div&gt;&#xA;&#x9;&#x9;&#x9;&lt;p&gt;なんか政治の話ってタブー視されやすいと思います。&lt;/p&gt;&lt;p&gt;ちょうど宗教や信仰の話は避けようとするような感覚。&lt;/p&gt;&lt;p&gt;政治談義のなかでも、都知事選なんかは割りかしカジュアルに話されやすいと思う一方で、&lt;/p&gt;&lt;p&gt;憲法9条の話なんかは、タブー感が増す気がします。&lt;/p&gt;&lt;p&gt;仮に憲法が議論に上がったとしても、護憲か改憲かで意見が割れた際は、（少し言い過ぎかもしれないけど）宗教の派閥間争いのような様相を示したりもします。&lt;/p&gt;&lt;p&gt;なんでだろう。&lt;/p&gt;&lt;p&gt;それはきっと平和を唱える９条が、もはや信仰の対象としての域に達しているからではないか。って最近思いました。&lt;/p&gt;&#xA;&#x9;&#x9;&lt;/div&gt;&#xA;&#x9;</description><pubDate>Thu, 04 Aug 2016 14:33:00 +0000</pubDate><guid>https://writeitdown.amebaownd.com/posts/1771126</guid><dc:creator>なかむら</dc:creator><category>POLITICS/BUSINESS</category></item><item><title>7月10日を前に</title><link>https://writeitdown.amebaownd.com/posts/1771109</link><description>&#xA;&#x9;&#x9;&lt;div&gt;&#xA;&#x9;&#x9;&#x9;&lt;p&gt;「たった一票じゃ何も変わらない」と言う。&lt;/p&gt;&lt;p&gt;ただ、その人たちにも、自分の身の周りについて、世間について、世界について、現在や未来について、何かしら願いに似た思いがあるはず。そして、その人と同じような胸中を持っている人たちが、必ず日本のどこかにいる。たくさんじゃないかもしれないけど、何人かはいる。それは、誓える。同じ日本という国で生き、同じ時代を生きているから。&lt;/p&gt;&lt;p&gt;そんな会ったことも話したこともない人かもしれないけど、政治に対する思いはつながっている。その人たちと投票に行くんだ。こう思うようにしたら、その一票を”たった一票”なんて言えない。&lt;/p&gt;&#xA;&#x9;&#x9;&lt;/div&gt;&#xA;&#x9;</description><pubDate>Thu, 07 Jul 2016 14:29:00 +0000</pubDate><guid>https://writeitdown.amebaownd.com/posts/1771109</guid><dc:creator>なかむら</dc:creator><category>POLITICS/BUSINESS</category></item><item><title>憲法記念日(1)</title><link>https://writeitdown.amebaownd.com/posts/1771069</link><description>&#xA;&#x9;&#x9;&lt;div&gt;&#xA;&#x9;&#x9;&#x9;&lt;p&gt;先日は、憲法記念日でした。だから、憲法のことについて何か書ければな。&lt;/p&gt;&lt;p&gt;と思いながらも&lt;/p&gt;&lt;p&gt;壮大なテーマすぎて、悩んでいるうちに数日が過ぎてしまいました。&lt;/p&gt;&lt;p&gt;ここ最近はどのメディアも、憲法改正について特集を組んでいました。&lt;/p&gt;&lt;p&gt;それを貪るように、読んだり見たり聴いたりしていました。&lt;/p&gt;&lt;p&gt;それで、気づいたことは、（今更感もありますが）&lt;/p&gt;&lt;p&gt;まだまだ議論は平行線を辿っていることでした。&lt;/p&gt;&lt;h2&gt;＊改憲派&lt;/h2&gt;&lt;p&gt;「朝日新聞は読まない」と大きく胸に書かれた&lt;/p&gt;&lt;p&gt;Tシャツを着て、改憲推進運動をしている人をテレビで見ました。&lt;/p&gt;&lt;p&gt;自分の主張と同じ新聞しか読まない。&lt;/p&gt;&lt;p&gt;自分の主張に反する新聞は読まない。&lt;/p&gt;&lt;p&gt;それはやっぱり正当な議論から逃げているように見えるし、&lt;/p&gt;&lt;p&gt;本当に自分の主張に自信があるなら、&lt;/p&gt;&lt;p&gt;反対意見（朝日新聞の意見とか）をしらみつぶしのように&lt;/p&gt;&lt;p&gt;説得する気概があるべきだと思いました。&lt;/p&gt;&lt;h2&gt;＊護憲派&lt;/h2&gt;&lt;p&gt;一方、護憲派の人たちもそうです。&lt;/p&gt;&lt;p&gt;東京の街を歩いていて、&lt;/p&gt;&lt;p&gt;「戦争法案絶対反対」と声高に叫ぶ&lt;/p&gt;&lt;p&gt;デモ隊を何回も目にしました。&lt;/p&gt;&lt;p&gt;安保法制に反対する人たち。&lt;/p&gt;&lt;p&gt;でも、戦争を望んでいる人たちは、&lt;/p&gt;&lt;p&gt;いくらなんでもいないはずで（もちろん断言はできないけど）。&lt;/p&gt;&lt;p&gt;安保に賛成する人も反対する人も&lt;/p&gt;&lt;p&gt;どちらも平和を希求している。&lt;/p&gt;&lt;p&gt;そのアプローチが違うだけだと思います。&lt;/p&gt;&lt;p&gt;だから、「戦争法案」っていうレッテル貼りは、&lt;/p&gt;&lt;p&gt;正当な議論を放棄しているように見えます。&lt;/p&gt;&lt;p&gt;護憲派と改憲派双方が、中身の議論の場に&lt;/p&gt;&lt;p&gt;歩み寄ってほしいと思いました。&lt;/p&gt;&#xA;&#x9;&#x9;&lt;/div&gt;&#xA;&#x9;</description><pubDate>Sat, 07 May 2016 14:13:00 +0000</pubDate><guid>https://writeitdown.amebaownd.com/posts/1771069</guid><dc:creator>なかむら</dc:creator><category>POLITICS/BUSINESS</category></item><item><title>憲法記念日(2)</title><link>https://writeitdown.amebaownd.com/posts/1771014</link><description>&#xA;&#x9;&#x9;&lt;div&gt;&#xA;&#x9;&#x9;&#x9;&lt;p&gt;自民党改憲草案の懸念点について。&lt;/p&gt;&lt;p&gt;というか、自分がどうにもこうにも憲法改正に向けて&lt;/p&gt;&lt;p&gt;明確な結論を出せない点について。&lt;/p&gt;&lt;h2&gt;＊自衛のための戦争は可。ただ、その”自衛”の意味が拡大&lt;/h2&gt;&lt;p&gt;それは、昨年可決された安全保障関連法の影響下で&lt;/p&gt;&lt;p&gt;自民党草案の9条に改正することです。&lt;/p&gt;&lt;p&gt;自民党草案の9条一項は、現憲法と同じく&lt;/p&gt;&lt;p&gt;戦争の放棄、武力行使の不使用を明文化しています。&lt;/p&gt;&lt;p&gt;ただ、二項で”前項は自衛権の発動を妨げるものではない”としています。&lt;/p&gt;&lt;p&gt;つまり、自衛のためなら、戦争や武力行使はあり得るということ。&lt;/p&gt;&lt;p&gt;現在の自衛隊のあやふやな立場をはっきりさせるためにも、&lt;/p&gt;&lt;p&gt;自衛のための武力行使は可能であることを憲法に明記することは&lt;/p&gt;&lt;p&gt;必要だと思います。&lt;/p&gt;&lt;p&gt;しかし、です。その「自衛」の定義が、昨年の安保法制で拡大されています。&lt;/p&gt;&lt;p&gt;即ち、集団的自衛権のことです。&lt;/p&gt;&lt;p&gt;この法案によって、存立危機事態*においては、日本以外の国で武力行使が可能となりました。&lt;/p&gt;&lt;blockquote&gt;存立危機事態*我が国と密接な関係にある他国に対する武力攻撃が発生し、これにより我が国の存立が脅かされ、国民の生命、自由及び幸福追求の権利が根底から覆される明白な危険があること&lt;/blockquote&gt;&lt;h2&gt;＊ジレンマ&lt;/h2&gt;&lt;p&gt;以下、ぼくの想定問答です。&lt;/p&gt;&lt;p&gt;【9条護憲・安保反対派】「無用な戦争に巻き込まれてしまう」「もし朝鮮戦争が再度勃発してしまえば、日本も同盟国として韓国の戦争に巻き込まれる危険性がある」&lt;/p&gt;&lt;p&gt;←【9条改憲・安保肯定派】「自民党草案でも戦争を放棄しているため、日本は参戦できない。よってその心配は無用」&lt;/p&gt;&lt;p&gt;そうぼくは思ってました。ただ、それが①”自衛”のための武力行使は容認する自民党改憲草案と、②”集団的自衛権”を認める安保法　が合わされば、時の政権によっては、日本の”自衛”を名目に他国で戦争（武力行使）することもあり得るわけです。&lt;/p&gt;&lt;p&gt;一方で、本当に日本の存立危機を救うための武力行使であれば必要な措置と言えると思いますし、仮に日本が攻撃されたら日本は韓国やアメリカに援軍を要請するはずなのに、その逆の場合は日本は関与しないっていうスタンスは理不尽だとも思います。&lt;/p&gt;&lt;p&gt;集団的自衛権を名目に、日本が他国で戦争をする危険性がある。&lt;/p&gt;&lt;p&gt;しかし、それが日本を未然に防衛するための、武力行使であれば必要とも言える。&lt;/p&gt;&lt;p&gt;この二つの狭間が、ぼくのジレンマです。&lt;/p&gt;&lt;p&gt;&lt;br&gt;&lt;/p&gt;&#xA;&#x9;&#x9;&lt;/div&gt;&#xA;&#x9;</description><pubDate>Sat, 07 May 2016 13:54:00 +0000</pubDate><guid>https://writeitdown.amebaownd.com/posts/1771014</guid><dc:creator>なかむら</dc:creator><category>POLITICS/BUSINESS</category></item><item><title>平和は努力して作り出すもの</title><link>https://writeitdown.amebaownd.com/posts/1771009</link><description>&#xA;&#x9;&#x9;&lt;div&gt;&#xA;&#x9;&#x9;&#x9;&lt;img src=&#34;https://cdn.amebaowndme.com/madrid-prd/madrid-web/images/sites/235350/4f335617c30fdddfc7640b6a82e47ad0_c445090dc6229696887ce3d99012f08c.jpg?width=960&#34; width=&#34;100%&#34;&gt;&#xA;&#x9;&#x9;&lt;/div&gt;&#xA;&#x9;&#x9;&#xA;&#xA;&#x9;&#x9;&lt;div&gt;&#xA;&#x9;&#x9;&#x9;&lt;p class=&#34;&#34;&gt;9条改正や安保法制の問題。&lt;br&gt;&lt;/p&gt;&lt;p class=&#34;&#34;&gt;何度も何度も考えてはみても、&lt;/p&gt;&lt;p class=&#34;&#34;&gt;いっこうに明確な答えはでません。&lt;/p&gt;&lt;p&gt;ただ、明確な結論とまではいかなくても&lt;/p&gt;&lt;p&gt;ある程度、途中まで整理できた部分だけでも&lt;/p&gt;&lt;p&gt;自分の主張を書いてみたいと思います。&lt;/p&gt;&lt;p&gt;今夏の参院選のときなど、いずれは決断を下すべきときが必ずくるので。&lt;/p&gt;&lt;h2&gt;＊平和を考える&lt;/h2&gt;&lt;p&gt;まず、端的に言うと、どのように改正するかは別として&lt;/p&gt;&lt;p&gt;9条改正には賛成です。&lt;/p&gt;&lt;p&gt;「9条断固保持、安保法制は戦争法案」と口先だけで唱えている人には少し疑問を抱きます。&lt;/p&gt;&lt;p&gt;「平和」と真正面から向き合っているのか、本当に平和について深く考えた&lt;/p&gt;&lt;p&gt;ことがあるのかなと。&lt;/p&gt;&lt;p&gt;もちろん、ぼくだって平和が一番です。それは絶対。&lt;/p&gt;&lt;p&gt;ただ、平和を実現する手段として、&lt;/p&gt;&lt;p&gt;「平和平和」と連呼しているだけでは不十分だと思うんです。&lt;/p&gt;&lt;p&gt;例えば、第一次世界大戦の反省から平和主義をとっていたヨーロッパも、&lt;/p&gt;&lt;p&gt;ナチスの侵攻を受けた。戦後チャーチル首相は&lt;/p&gt;&lt;p&gt;平和主義のために宥和政策を選択し、結果的に戦争に巻き込まれた&lt;/p&gt;&lt;p&gt;イギリスのチェンバレン首相を批判しました。&lt;/p&gt;&lt;p&gt;つまり、平和主義にも関わらず、戦争に陥った国は&lt;/p&gt;&lt;p&gt;過去にもあるということです。&lt;/p&gt;&lt;h2&gt;＊平和を唱えるだけでなく、それを実現する手段が必要&lt;/h2&gt;&lt;p&gt;平和という状態は、あくまで結果であり目的であること。&lt;/p&gt;&lt;p&gt;その結果を得るため・また目的を達成するためには、手段が必要なんです。&lt;/p&gt;&lt;p&gt;例えば、経営理念や「売上倍増！」と、毎日連呼しているだけでは&lt;/p&gt;&lt;p&gt;それは実現しない、ということと一緒です。&lt;/p&gt;&lt;p&gt;平和を実現する手段。それは、冷戦時代においては抑止力（核）だった。&lt;/p&gt;&lt;p&gt;もちろん、最良の手段は、話し合い、つまり外交だと思います。&lt;/p&gt;&lt;p&gt;ただ、現代に当てはめても分かりますが、&lt;/p&gt;&lt;p&gt;北朝鮮のように話し合いをそもそも拒否する国もあるわけです。&lt;/p&gt;&lt;p&gt;だから、なんでもかんでも話し合いで解決しようとするのは、&lt;/p&gt;&lt;p&gt;理想主義的で現実的ではないということです。（ちなみに、話し合いの姿勢を捨てろという意味ではありません）&lt;/p&gt;&lt;p&gt;また、他国の侵略から、私たちの平穏な暮らしを保持する&lt;/p&gt;&lt;p&gt;という意味での「平和」の実現のためには、国防が必要です。&lt;/p&gt;&lt;p&gt;そのためにも、現憲法下では違憲状態とも言える自衛隊の存在を、&lt;/p&gt;&lt;p&gt;明確に憲法で認めるべき（それが立憲政治でもある）という思いからも、&lt;/p&gt;&lt;p&gt;9条改正は必要だと思います。&lt;/p&gt;&lt;h2&gt;＊一抹の不安&lt;/h2&gt;&lt;p&gt;ただ、安保反対派の意見としての、&lt;/p&gt;&lt;p&gt;「戦争に巻き込まれる恐れがある」というのは&lt;/p&gt;&lt;p&gt;確かにぼくにとっても、一番の懸念事項です。&lt;/p&gt;&lt;p&gt;特に、既に制定された安保法制の下で、&lt;/p&gt;&lt;p&gt;自民党草案の9条になってしまうことは少し怖いです。&lt;/p&gt;&lt;p class=&#34;&#34;&gt;なぜ怖いのか、どこが怖いのか。&lt;/p&gt;&lt;p class=&#34;&#34;&gt;それについては、長くなってしまったので今度書きます。&lt;/p&gt;&#xA;&#x9;&#x9;&lt;/div&gt;&#xA;&#x9;</description><pubDate>Sat, 07 May 2016 13:47:00 +0000</pubDate><guid>https://writeitdown.amebaownd.com/posts/1771009</guid><dc:creator>なかむら</dc:creator><category>POLITICS/BUSINESS</category><enclosure length="0" type="image/jpeg" url="https://cdn.amebaowndme.com/madrid-prd/madrid-web/images/sites/235350/4f335617c30fdddfc7640b6a82e47ad0_c445090dc6229696887ce3d99012f08c.jpg"></enclosure></item><item><title>国会傍聴</title><link>https://writeitdown.amebaownd.com/posts/1765099</link><description>&#xA;&#x9;&#x9;&lt;div&gt;&#xA;&#x9;&#x9;&#x9;&lt;p&gt;年明け以降、東京に住んでいるうちに行っておきたいと思う場所に、足を運んでいました。そのうちのひとつに国会があります。単なる内部見学でなく、衆議院本会議を傍聴してきました。&lt;/p&gt;&lt;p&gt;昨年末から徐々にこの国の政治や政治哲学（保守やリベラルなど）に関心を持ち始め、その中心地である国会に足を運びたいと思うようになったのは自然なことでした。&lt;/p&gt;&lt;p&gt;そもそも、日本の政治や政治的思想に興味を抱いたのにも、もちろん理由があります。昨年末から新聞6紙を週替わりで試読した結果、各紙で政治的なスタンスが全く異なることに気づいたこと。次に、雑誌POPYEのコラムでたまたま目にした”ニュージャーナリズム”というワードに惹きつけられ、自分でジャーナリズムについて調べ始めたこと。だから、ぼくは政治より先に”報道”に関心を持った感じです。&lt;/p&gt;&lt;h2&gt;＊国の責任とぼくらの責任&lt;/h2&gt;&lt;p&gt;安倍首相や各大臣の演説、各議員による質疑。この国全体の行く末を占う審議が、目の前で行われているという事実に、ぼくは何とも言えない感情を抱きました。ぼくらが毎日何気なく生活している間にも、この閉鎖的な空間のなかでこの国の政治は常に動いているということ。もちろん国が国民に対し広く深く説明する責任があるし、ぼくたちも同時にこの国の動向に対し注意深く目を向ける責任があると思いました。&lt;/p&gt;&lt;p&gt;とは言いつつも、ぼく自身ついこの間まで政治に関しほとんど興味を示さなかった人なので、大仰なことは言えませんし、言う資格もありません。。。ただ、民主主義国家のこの国に住む以上、一億二千万人全員が日本政治の関係者であり当事者であるとぼくは思っています。&lt;/p&gt;&#xA;&#x9;&#x9;&lt;/div&gt;&#xA;&#x9;</description><pubDate>Tue, 29 Mar 2016 06:16:00 +0000</pubDate><guid>https://writeitdown.amebaownd.com/posts/1765099</guid><dc:creator>なかむら</dc:creator><category>POLITICS/BUSINESS</category></item></channel></rss>