<rss version="2.0" xmlns:content="http://purl.org/rss/1.0/modules/content/" xmlns:wfw="http://wellformedweb.org/CommentAPI/" xmlns:dc="http://purl.org/dc/elements/1.1/" xmlns:atom="http://www.w3.org/2005/Atom"><channel><title>ESSAY | Write It Down</title><link>https://writeitdown.amebaownd.com/posts/categories/418915</link><description>ESSAYの一覧</description><atom:link href="https://writeitdown.amebaownd.com/rss.xml?categoryId=418915" rel="self" type="application/rss+xml"></atom:link><atom:link href="http://pubsubhubbub.appspot.com/" rel="hub"></atom:link><item><title>沢木耕太郎の言葉から</title><link>https://writeitdown.amebaownd.com/posts/2045736</link><description>&#xA;&#x9;&#x9;&lt;div&gt;&#xA;&#x9;&#x9;&#x9;&lt;p&gt;深夜特急シリーズで有名な沢木耕太郎が映画にまつわるあるエッセイでこう話していた。&lt;/p&gt;&lt;p&gt;&lt;br&gt;&lt;/p&gt;&lt;p&gt;&amp;nbsp;『大人は過去を、子供は未来を映画に投影している。年をとるにつれ未来への夢よりも、過去の記憶の方が意味を持つようになる。』&amp;nbsp;&lt;br&gt;&lt;/p&gt;&lt;p&gt;&lt;br&gt;&lt;/p&gt;&lt;p&gt;なるほど。過去が豊富な大人は映画に出てくるキャラクターに過去の自分を重ね合わせることができる一方、子供はもともと過去（経験と言い換えてもよいだろう）の絶対量が少ないため、過去の投影は難しい。だから、アクションものや戦隊もののヒーローに、自分の未来、将来像を重ねる。&amp;nbsp;&lt;br&gt;&lt;/p&gt;&lt;p&gt;&lt;br&gt;&lt;/p&gt;&lt;p&gt;沢木氏が言うように、大人は思い出を大事にしすぎる傾向があるのかもしれない。それは、同時に今の自分を、過去によって規定させてしまうことをも意味する。かわいいかわいい自分の過去をひたすら踏襲する先になにがあるのだろう。&lt;/p&gt;&lt;p&gt;&lt;br&gt;&lt;/p&gt;&lt;p&gt;「敷かれたレール」&lt;/p&gt;&lt;p&gt;&lt;br&gt;&lt;/p&gt;&lt;div&gt;という言葉をよく聞くけど、敷”かれている”のではなく、実は自分で敷いているのだと思う。過去の自分によって無意識的に。&lt;/div&gt;&lt;div&gt;&lt;br&gt;&lt;/div&gt;&lt;p&gt;&amp;nbsp;人間、人生のどこかでそれまでの過去の自分とは何の脈絡もない「意味のわからないこと」をするべきなんじゃないかってたまに思う。過去の自分を裏切るために。過去の自分に現在の自分を縛り付けられないために。&lt;br&gt;&lt;/p&gt;&#xA;&#x9;&#x9;&lt;/div&gt;&#xA;&#x9;</description><pubDate>Tue, 21 Feb 2017 13:59:38 +0000</pubDate><guid>https://writeitdown.amebaownd.com/posts/2045736</guid><dc:creator>なかむら</dc:creator><category>ESSAY</category></item><item><title>二度目の宝塚歌劇</title><link>https://writeitdown.amebaownd.com/posts/1923489</link><description>&#xA;&#x9;&#x9;&lt;div&gt;&#xA;&#x9;&#x9;&#x9;&lt;p&gt;先日、宝塚歌劇月組公演『グランドホテル/カルーセル輪舞曲』を見てきた。自分にとって四年ぶり二度目の宝塚鑑賞であったのだけれど、今回の方が随分感動した。&lt;/p&gt;&lt;p&gt;&lt;br&gt;&lt;/p&gt;&lt;p&gt;&amp;nbsp;男役トップスター（宝塚歌劇だからもちろん女性）は、もはや男でも女でもない別種の性を確立していた。そして、舞台袖の目立たないところで踊っている成長過程の新人とみえる役者が、眼と表情、発声、両手足、自分が持ち得るすべての表現手段を動員し、まるで自分が主役かのように演じる様子は、例えスポットライトが当たらなくとも寸分の手抜きを許さない覚悟と気迫を感じ、社会の隅で生ぬるい生活を送っているぼくの心を強く打った。&amp;nbsp;&lt;br&gt;&lt;/p&gt;&lt;p&gt;&lt;br&gt;&lt;/p&gt;&lt;div&gt;ところで、今回の公演で目についてしまったのが、前の座席で団体客として観劇に来ていた小学校３、４年生と思しき子どもたちの落ち着きのなさである。公演途中でトイレにでも行くのか席を外したり、退屈そうに身をよじらせたり、友達のオペラグラスを奪いとろうとしたり。&lt;/div&gt;&lt;div&gt;&lt;br&gt;&lt;/div&gt;&lt;p&gt;&amp;nbsp;といっても、ぼくはここで小学生のマナーの悪さを糾弾したいわけでは全くない。&amp;nbsp;&lt;br&gt;&lt;/p&gt;&lt;div&gt;&lt;br&gt;&lt;/div&gt;&lt;p&gt;自分自身、小学生のころ学校行事として、ある舞台を見にいった記憶があるけど、今では何の演目だったのかは覚えていないし、舞台よりも脇に掲げられた時計を気にしていた気がするからだ。だから、ぼくは彼ら小学生を生意気に説教できるほどの人間ではないし、何より自分がかつてそうだったから目の前の小学生らの気持ちが分からなくもない。そして、この観劇体験が彼ら小学生の脳裏になんらかの爪痕として残され、今すぐでなくとも後になって何かが花開くのではないかと信じていたから、自分なりに彼らを温かい目で見守っていたつもりである。&amp;nbsp;&lt;br&gt;&lt;/p&gt;&lt;p&gt;&lt;br&gt;&lt;/p&gt;&lt;p&gt;むしろ、ぼくが、小学生らが退屈そうにする様子を見て疑問に思ったのは、どうして年齢が若いほど(一般には、子どもほど感受性が高いと言われているにも関わらず)この種の体験に感銘を受けにくいのかである。&amp;nbsp;&lt;/p&gt;&lt;div&gt;&lt;br&gt;&lt;/div&gt;&lt;p&gt;というか感受性について言えば、小学生のころは人前で話すことが平気だったのに、段々と歳を重ねるにつれ、それに恥じらいや緊張が伴ってくるのは、たぶん他者の視線を過敏に”感じる”ようになったから。その点では、大人になるほど感受性が高まると言えてしまう気がする（逆に、幼いころ人前で緊張しなかった理由は、他者の視線に”鈍感”だったからとも言える。&lt;/p&gt;&lt;p&gt;&amp;nbsp;また、大人になると空気を読むことを覚えるのも、大人の感受性の高さを示す証左になりそう。)&lt;/p&gt;&lt;p&gt;&lt;br&gt;&lt;/p&gt;&lt;p&gt;大人の方が感受性豊かなのかな、難しい。脳の構造とか、子どもの教育に詳しい人とかに意見を聞いてみたいね。&lt;/p&gt;&#xA;&#x9;&#x9;&lt;/div&gt;&#xA;&#x9;</description><pubDate>Mon, 23 Jan 2017 04:49:03 +0000</pubDate><guid>https://writeitdown.amebaownd.com/posts/1923489</guid><dc:creator>なかむら</dc:creator><category>ESSAY</category></item><item><title>流行語大賞</title><link>https://writeitdown.amebaownd.com/posts/1771234</link><description>&#xA;&#x9;&#x9;&lt;div&gt;&#xA;&#x9;&#x9;&#x9;&lt;p&gt;「神ってる」じゃ、５年後１０年後このワードを聞いても２０１６年を何も思い出させないよー。&lt;/p&gt;&lt;p&gt;これはカープファンにとっては失礼に値するのだろうか。ただこれはなんか違う気がするのです。&lt;/p&gt;&lt;p&gt;”若者言葉だった「神ってる」が、広島カープによって巷のおじさんにまで浸透したため。”ってのが選考委員の言い分らしい。&lt;/p&gt;&lt;p&gt;「神ってる」っていうワードが既に今年より前から一般化してる若者にとっては、何の新鮮味もなくシラけてしまう結果。(自分はその言葉は使わないけど)&lt;/p&gt;&lt;p&gt;てか、そもそも大概の場合、流行は若者世代から端を発するものなのに、選考委員の年齢が田舎オブ田舎の井戸端会議状態なのはどういうことだ。&lt;/p&gt;&lt;p&gt;個人的には年齢問わず不気味な人だかりを作らせた、ポケモンGOかなと思う。引きこもり解消や被災地へ多くの人の足を運ばせる一方で、駐車違反や”ながら運転”による交通事故死など、いい意味でも悪い意味でもニュースを賑わせた。また、拡張現実や位置情報ゲームの普及元年という意味でも。&lt;/p&gt;&lt;p&gt;ちなみに、ポケモンGOはダウンロードさえしたことはありせん。好きだからこうやって肩入れしているとかではなく、本当に流行語について冷静に考えてそう思いました！&lt;/p&gt;&#xA;&#x9;&#x9;&lt;/div&gt;&#xA;&#x9;</description><pubDate>Thu, 01 Dec 2016 15:07:00 +0000</pubDate><guid>https://writeitdown.amebaownd.com/posts/1771234</guid><dc:creator>なかむら</dc:creator><category>ESSAY</category></item><item><title>おすすめ番組</title><link>https://writeitdown.amebaownd.com/posts/1771232</link><description>&#xA;&#x9;&#x9;&lt;div&gt;&#xA;&#x9;&#x9;&#x9;&lt;p&gt;どこもかしこもアメリカ大統領選の予測を大ハズししたとき、ふと思い出したテレビ番組がある。&lt;/p&gt;&lt;p&gt;それは、NHK『ニッポンのジレンマ』という（個人的に超絶おすすめの）番組だ。毎月月末の放送なんだけど、前回は「文化と効率性のジレンマ」についてだった。そこでちょこっと話題に上がったのが、厳密性について。ぼくらはデータ（数字）を援用して未来を予測するが、そのデータ自体の厳密性（正確性）が担保されなければ無論予測も厳密でなくなるということ。（というか、出演者である京大の先生曰く、ぼくたちが絶対視する1,2,3…のような数字自体が、意外と抽象的で不明瞭な存在であるらしい。）&lt;/p&gt;&lt;p&gt;今回の件で世論調査、つまりデータ（というか人間心理）の不確実性を露呈することになりました。&lt;/p&gt;&lt;p&gt;それより、ニッポンのジレンマって番組、知的好奇心を揺さぶられるおもしろい番組です。おすすめ。&lt;/p&gt;&#xA;&#x9;&#x9;&lt;/div&gt;&#xA;&#x9;</description><pubDate>Wed, 23 Nov 2016 15:06:00 +0000</pubDate><guid>https://writeitdown.amebaownd.com/posts/1771232</guid><dc:creator>なかむら</dc:creator><category>ESSAY</category></item><item><title>お酒と夜</title><link>https://writeitdown.amebaownd.com/posts/1771188</link><description>&#xA;&#x9;&#x9;&lt;div&gt;&#xA;&#x9;&#x9;&#x9;&lt;p&gt;お酒と夜&lt;/p&gt;&lt;p&gt;これ以上ない組み合わせ。「カレーと福神漬け」と相性の良さは同レベルにしても、語感と絵づら（おしゃれさ？）では「お酒と夜」には到底およばない。&lt;/p&gt;&lt;p&gt;ぼくがこの組み合わせを好むいちばんの理由は、会話の深度が一気に増すからだ。お酒も夜も、人を饒舌にさせたり、感傷的にもさせる。&lt;/p&gt;&lt;p&gt;ジョッキ三杯もあれば心地よい浮遊感を感じられる。その浮遊感は身体的な意味だけでなく、たぶん心に重く縛り付けられていた思いまで、軽くしてくれる。そして、ぼくらから視界を奪い去る夜は、外側の景色に与えられていた視線を、自然と自分の心の内側へと落とさせる。&lt;/p&gt;&lt;p&gt;だから、お酒と夜には、心のなかの思いを軽くしてくれ、それを拾いやすくしてくれる力がきっとある。こうして、普段言えないことを言えたり、昼間に話したらクスッと笑われそうなかっこつけたセリフも吐けてしまえるし、聞く側としてもそれの耳触りが案外良かったりする。&lt;/p&gt;&lt;p&gt;これからの人生について、心に残るだれかの言葉について、自分の好きな小説、友達にぜひとも見てもらいたい映画、意味深げな詩の真意について、ぼくらの将来の行く末を左右し兼ねない日本や世界の政治について、ときには「好き」とは何か、「アート」の定義についてなど、高尚で哲学的でインテリぶった話題を、真剣に話せてしまうのがお酒と夜のいいところなんじゃないかって思います。そして、そんな会話をしている瞬間が、一番楽しいってぼくは思います。&lt;/p&gt;&lt;p&gt;これからさらに夜は長くなります。&lt;/p&gt;&#xA;&#x9;&#x9;&lt;/div&gt;&#xA;&#x9;</description><pubDate>Tue, 25 Oct 2016 14:55:00 +0000</pubDate><guid>https://writeitdown.amebaownd.com/posts/1771188</guid><dc:creator>なかむら</dc:creator><category>ESSAY</category></item><item><title>残された時間で(2)</title><link>https://writeitdown.amebaownd.com/posts/1771174</link><description>&#xA;&#x9;&#x9;&lt;div&gt;&#xA;&#x9;&#x9;&#x9;&lt;img src=&#34;https://cdn.amebaowndme.com/madrid-prd/madrid-web/images/sites/235350/b80009f11ae37fc78bcbb7398812f339_e9fe909e4736ed1a9db9719f97c2b8d2.jpg?width=960&#34; width=&#34;100%&#34;&gt;&#xA;&#x9;&#x9;&lt;/div&gt;&#xA;&#x9;&#x9;&#xA;&#xA;&#x9;&#x9;&lt;div&gt;&#xA;&#x9;&#x9;&#x9;&lt;p&gt;午前５時すぎ伊勢の夫婦岩を後にし、志摩の海岸へ向かった。&lt;/p&gt;&lt;p&gt;こんなに気持ちの良い朝を迎えたのは久々だった。&lt;/p&gt;&lt;p&gt;サーフボードに上体をあずけ、波に揺られながら遠くを眺めているだけで心地よかった。これまで何千回と朝を迎えてきたわけだけど、ぼくはすこしも朝を眺めてこなかったことに気づいた。中高生のころは忙しない朝の時間を過ごすばかりで遠くの空を眺める余裕なんてなかったし、そもそも東京ほどじゃないにせよ神戸の空は狭かった。学生のころは、朝なのか昼なのかよくわからない時間に起きることのほうが多かったかもしれない。&lt;/p&gt;&lt;p&gt;本来の目的であったサーフィンはというと、無理にボードに立とうとして、「うをーっ」と叫びながら豪快に転げ落ちたり。まったくもって恥も外聞もなく何時間もの間、海と格闘していた。それでも、必死で手をかき回し波に乗れたときには、えも言われぬ快感におそわれた。大仰な言い方かもしれないけど、地球と初めて自分の呼吸が合った、そんな感じだった。&lt;/p&gt;&#xA;&#x9;&#x9;&lt;/div&gt;&#xA;&#x9;</description><pubDate>Mon, 19 Sep 2016 14:52:00 +0000</pubDate><guid>https://writeitdown.amebaownd.com/posts/1771174</guid><dc:creator>なかむら</dc:creator><category>ESSAY</category><enclosure length="0" type="image/jpeg" 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src=&#34;https://cdn.amebaowndme.com/madrid-prd/madrid-web/images/sites/235350/89944055ed7207910107aa89d8b62a75_8439ad1f241ba6b853738f36526ec403.jpg?width=960&#34; width=&#34;100%&#34;&gt;&#xA;&#x9;&#x9;&lt;/div&gt;&#xA;&#x9;&#x9;&#xA;</description><pubDate>Fri, 16 Sep 2016 14:50:00 +0000</pubDate><guid>https://writeitdown.amebaownd.com/posts/1771170</guid><dc:creator>なかむら</dc:creator><category>ESSAY</category><enclosure length="0" type="image/jpeg" 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歳に見えた）も、「このおじいさんすごいやろ」とぼくに言った。&lt;/p&gt;&lt;p&gt;戦中は、現在のJR鷹取駅の北に位置する場所で、竹槍を脇に抱え匍匐前進の訓練をしていたこと。カタカナなどの横文字の使用が禁止されていたこと。さらにぼくの質問にも丁寧に答えくれた。政府から一般市民まで好戦的に見えた日本が一変、戦後は平和主義国家としての道を歩めたのはなぜか。歴代の首相で好きな人はいたか、最近田中角栄の本が流行っているがどんな人だったのか、などなど。気づいたら、ジャーナリスト気分で質問攻めにしてしまっていた。&lt;/p&gt;&lt;p&gt;翻って、ぼくは最後に人生の先輩へ素直に気になったことを質問してみた。&lt;/p&gt;&lt;p&gt;「おじさんたちがぼくみたいな年齢のころ、自分の将来について何かこう、漠然とした不安とか感じませんでしたか」&lt;/p&gt;&lt;p&gt;初老の人が口火を切った。「わしの時代はみんながみんな豊かになっていった。でも、今の時代は少しちゃうのう。一部の人間だけが稼いで、大半の人は苦しいかもしれんな」&lt;/p&gt;&lt;p&gt;「でも、あなたも頑張らんといかんよ。人生は意外と短いで。最近は定年伸ばして60越えても仕事させようとしとるけど、やっぱりきついよ。体力もやし徐々に頭もボケ始めるし。だから、いくら寿命は長い言うてもほんまにバリバリ動けるのって40か50くらいや。今のあなたの年齢から逆算してみい。」&lt;/p&gt;&lt;p&gt;「確かに。まだ２２とかですけど、時が過ぎる早さは感じてます」ぼくは言った。&lt;/p&gt;&lt;p&gt;「だから、とりあえずなんでもええから挑戦しい。何回でも失敗してもええから。とにかく行動、チャレンジや。そうしたら、何かが見えて来る」ぼくみたいな見ず知らずの青年に、こんな言葉をかけてくれることにぼくは何て表現したらいいのか分からないけどとにかく感動した。そして、その初老の人がかけてくれた言葉は、ぼくが求めていた言葉でもあった。&lt;/p&gt;&lt;p&gt;尊敬する人や著名人の本を読み漁っているうちに分かった彼らの共通点、それは肝心なところでちゃんと「一歩を踏み出していた」ことだった。だから、その初老の人がぼくに送ってくれた言葉は正直目新しいものであったわけではない。しかし、ぼくが驚いたのは何でもない普通の老人が「行動」の重要性を説いてくれたことだった。&lt;/p&gt;&lt;p&gt;危うくぼくはおじいさんに泣かされるところだった。&lt;/p&gt;&lt;p&gt;ふとぼくが時計を見上げると露天風呂に移動してから30分以上も経過していた。そのタイミングで、お二方は腰を上げた。そして、去り際に89歳のおじいさんが声をかけてくれた。&lt;/p&gt;&lt;p&gt;「まあ生きてりゃいいことあるよ」&lt;/p&gt;&lt;p&gt;ぼくはなるべくハキハキした声で2人のご老人に、この出会いと貴重なお話にお礼を伝えた。&lt;/p&gt;&lt;p&gt;＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊&lt;/p&gt;&#xA;&#x9;&#x9;&lt;/div&gt;&#xA;&#x9;</description><pubDate>Mon, 29 Aug 2016 14:48:00 +0000</pubDate><guid>https://writeitdown.amebaownd.com/posts/1771162</guid><dc:creator>なかむら</dc:creator><category>ESSAY</category></item><item><title>言葉の重み(前編)</title><link>https://writeitdown.amebaownd.com/posts/1771158</link><description>&#xA;&#x9;&#x9;&lt;div&gt;&#xA;&#x9;&#x9;&#x9;&lt;p&gt;煩悩が煩悩を呼び頭がパンパンになったとき、ぼくはよく近所の銭湯に足を運びます。ただ、先日はその銭湯で、心まであったかくなるようなちょっと素敵な出会いがあったので、それを今日は書きます。&lt;/p&gt;&lt;p&gt;＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊&lt;/p&gt;&lt;p&gt;ぼくは、いつものように片手に着替えとタオルが入ったバッグ、もう片方の手に入浴料と風呂上がりの炭酸ジュースが買えるだけの小銭を握りしめ徒歩で銭湯に向かった。午前中だったからか人はまばらでいつもよりゆったり好きな浴槽に入ることができた。&lt;/p&gt;&lt;p&gt;しばらくして熱さに耐えきれなくなり、内風呂から露天のぬるめの浴槽に移った。すると、その露天風呂にはすでに常連客と思しき二人の先客がいた。どちらも「おじいさん」と呼んでも差し支えなさそうな年齢に達しているように見えたが、そのふたりは（他人同士であることは間違いないが）明らかに普通の兄弟以上の年齢差があるように思えた。ぼくはその老人たちから二三歩離れた場所にポツンと腰掛けるように湯船に浸かった。すると、お二方の話し声が聞こえてきた。&lt;/p&gt;&lt;p&gt;「原爆が落とされてもう70年も・・・」「（日本の）１０００兆円なんて借金返せるわけがない・・・」「戦後はほんまに食い物が・・・」&lt;/p&gt;&lt;p&gt;日本の歴史や政治関連の話をされていた。そのテの話に興味が沸き立ってしまうぼくは、極力脳内で周りの音をかき消し、老人たちの会話に耳をそばだてた。そして、あわよくばお二方の会話に入りたいと思ったぼくは会話の小休止があると老人たちの顔を眺め、視線が合わないかチャレンジしていた。&lt;/p&gt;&lt;p&gt;「おい、そこの若いの、・・・」と言われるのを期待していたが、一向に声をかけてもらえなければ目も合わせてくれなかった。自分から話しかけるしかもう打つ手はない。そう感じつつも、ぼくにとっては多少の勇気が必要だった。&lt;/p&gt;&lt;p&gt;ただ、そのとき少し考えた。昨年祖父が亡くなり、もうひとりの祖父は距離的にそう簡単には会えない。戦争、そして戦後の混迷の時代から高度経済成長など輝きを放っていた日本を知る人は、確実に少なくなってきている。こんな人に出会える機会そうそうないんじゃないか。そして、編集方針に従って人為的かつ意図的に集められたような新聞や論壇誌の年配の方々の体験談より、目の前にいる普通のおじいさんの”生”の声をぼくは欲していた。そんなことを考えていたら、ぼくは思わず口走っていた。&lt;/p&gt;&lt;p&gt;「あのう、政治の話されてるんですか」&lt;/p&gt;&lt;p&gt;ぼくのこの言葉はあまりに唐突だったし、最初の一声としてもふさわしくなかったかもしれない。しかし、その老人たちは「これって政治の話なんやろか」と二人で顔を見合わせながらも、ぼくが続けて「日本の政治や歴史に興味があるんです。よかったらお話聞かせてください」と伝えると快く受け入れてくれた。（続）&lt;/p&gt;&lt;p&gt;＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊&lt;/p&gt;&#xA;&#x9;&#x9;&lt;/div&gt;&#xA;&#x9;</description><pubDate>Sun, 28 Aug 2016 14:47:00 +0000</pubDate><guid>https://writeitdown.amebaownd.com/posts/1771158</guid><dc:creator>なかむら</dc:creator><category>ESSAY</category></item><item><title>おすすめのラジオ番組</title><link>https://writeitdown.amebaownd.com/posts/1771085</link><description>&#xA;&#x9;&#x9;&lt;div&gt;&#xA;&#x9;&#x9;&#x9;&lt;p&gt;こんな生き方をしている人がいるんだ。&lt;/p&gt;&lt;p&gt;『オンザロード』から言葉を借りれば、&lt;/p&gt;&lt;p&gt;「beat」とか、「hipster」って形容したらいいんでしょうか。&lt;/p&gt;&lt;p&gt;野村訓市さんを知ったとき、ぼくはそう思いました。&lt;/p&gt;&lt;p&gt;（野村さんも『オンザロード』を初めとしたビート文学を愛読しているそう。というか、それに影響されたのがぼくです。）&lt;/p&gt;&lt;p&gt;野村さんを知ったきっかけは、ブルータスや他ファッション誌の誌面上でした。&lt;/p&gt;&lt;p&gt;けれど、この人は最先端のファッションに身を包むことの真反対にいる人で、&lt;/p&gt;&lt;p&gt;黒縁メガネに、スウェットシャツ、ディッキーズのパンツに足元はコンバースというような。&lt;/p&gt;&lt;p&gt;それを「ノームコア」とかが叫ばれる前から、自分のスタイルとして定着させているような人でした。&lt;/p&gt;&lt;p&gt;若いときに世界中を旅してまわり、その中で出会った人にインタビューし、&lt;/p&gt;&lt;p&gt;それをまとめた雑誌『Sputnik』を刊行。&lt;/p&gt;&lt;p&gt;現在はTripster代表としてインテリアデザイン業（例えば、渋谷のカフェ「ON THE CORNER」とか）や&lt;/p&gt;&lt;p&gt;ユースカルチャー雑誌『Studio Voice』のクリエイティブディレクターも務めています。&lt;/p&gt;&lt;p&gt;さらには、映画『ロスト・イン・トランスレーション』などの監督で知られるソフィア・コッポラと親交があり、そのつながりで映画監督のウェス・アンダーソンとも交友が始まり、最終的には野村さん自身が彼の作品である『グランドブダペストホテル』に出演しちゃってます。（ちなみに、野村さんが好きな小説である『オンザロード』の実写版映画の制作総指揮はソフィアの父フランシス・フォード・コッポラ。自分が大切にしていた小説の映画を、友人の父が作るってどういう気持ちなんだろう。）&lt;/p&gt;&lt;p&gt;とまあ、普通の人なら５回生まれ変わっても到底たどり着けないような人に、約４０年の人生で野村さんは出会い、zipファイルでも圧縮できそうにない最高に濃密な人生経験をしていると思いました。何より誰にも迎合せずにブレない生き方がかっこいいって思ったんです。&lt;/p&gt;&lt;p&gt;そんな人にぼくは興味を持たない訳はなく、気づいたら野村さんがナビゲーターを務めるラジオ番組に行き着きました。&lt;/p&gt;&lt;p&gt;それが「Travelling without moving」という番組です。&lt;/p&gt;&lt;p&gt;&amp;gt;「Travelling without moving」=「動かない旅」をキーワードに、&lt;/p&gt;&lt;p&gt;旅の話と、旅の記憶からあふれだす音楽をお届けします。&lt;/p&gt;&lt;p&gt;とホームページ上で、説明書きされてます。&lt;/p&gt;&lt;p&gt;ぼくはそんなに音楽には詳しくはないけれど、&lt;/p&gt;&lt;p&gt;野村さんの選曲センスは言わずもがな、リスナーさんからのリクエスト曲も&lt;/p&gt;&lt;p&gt;素晴らしいものばかりです。&lt;/p&gt;&lt;p&gt;あとは、「旅」にまつわる特定のテーマ（前回は「スニーカー」でした）について、毎回番組中盤で野村さんが自身の経験をからめてフリートークをしてくれるのですが、それも野村さんの人生を覗き見できるようでぼくがいつも楽しみにしているところです。&lt;/p&gt;&lt;p&gt;東京ではJWAVEで毎週日曜20時から。関西ではFM802で毎週日曜24時から。&lt;/p&gt;&lt;p&gt;聞いてくれたら、きっとみんなも分かってくれると思います。&lt;/p&gt;&#xA;&#x9;&#x9;&lt;/div&gt;&#xA;&#x9;</description><pubDate>Tue, 14 Jun 2016 14:24:00 +0000</pubDate><guid>https://writeitdown.amebaownd.com/posts/1771085</guid><dc:creator>なかむら</dc:creator><category>ESSAY</category></item><item><title>言葉の虜</title><link>https://writeitdown.amebaownd.com/posts/1771077</link><description>&#xA;&#x9;&#x9;&lt;div&gt;&#xA;&#x9;&#x9;&#x9;&lt;p&gt;「好き。」「美味しい。」「おしゃれ。」「かわいい。」「何か良いね。」&lt;/p&gt;&lt;p&gt;ぼくたちはいつも自分の感情を、こんな言葉たちでラッピングして相手に送る。&lt;/p&gt;&lt;p&gt;でも、そのラッピングは解かれることなく、若干消化不良のまま相手の頭を素通りしていく。&lt;/p&gt;&lt;p&gt;「好き。」「嫌い。」とかそんな簡単な形容詞でしか&lt;/p&gt;&lt;p&gt;自分を伝える方法を知らないから、&lt;/p&gt;&lt;p&gt;複雑で入り組んだ感情は、その半分もたぶん相手には伝わらない。&lt;/p&gt;&lt;p&gt;「好き」っていう言葉の意味以上に、誰かや何かのことが好きでも、&lt;/p&gt;&lt;p&gt;それを表現する言葉を知らず、もどかしくなるときがある。&lt;/p&gt;&lt;p&gt;「好き。」「嫌い。」&lt;/p&gt;&lt;p&gt;こんな形容詞は、必要以上に自分の感情を覆い尽くしてしまうから、&lt;/p&gt;&lt;p&gt;相手は、その言葉自体は理解してくれても、細かな感情までは読み取ってくれない。&lt;/p&gt;&lt;p&gt;もちろん、ぼくも正確には読み取れない。&lt;/p&gt;&lt;p&gt;だから、何が言いたいかって、言葉って難しい。&lt;/p&gt;&lt;p&gt;形があるようでないともいえる感情を、半ば無理やり、&lt;/p&gt;&lt;p&gt;定型の枠（言葉）にはめ込まなくてはいけないから。&lt;/p&gt;&lt;p&gt;でも、だからこそ、言葉の難しさがある場所に、&lt;/p&gt;&lt;p&gt;小説や詩の素晴らしさが同居している。&lt;/p&gt;&lt;p&gt;自分が抱いたことのある複雑で繊細な気持ちを&lt;/p&gt;&lt;p&gt;、小説や詩は代弁してくれる。言語化してくれる。&lt;/p&gt;&lt;p&gt;自分でもよく分からなかった自分の感情を、&lt;/p&gt;&lt;p&gt;小説や詩の方から歩み寄ってきて、それを教えてくれる。&lt;/p&gt;&lt;p&gt;そんな言葉との素敵な出会いを増やしていって、&lt;/p&gt;&lt;p&gt;言葉と感情とのギャップを少しでも解消できたらなって思います。&lt;/p&gt;&#xA;&#x9;&#x9;&lt;/div&gt;&#xA;&#x9;</description><pubDate>Tue, 31 May 2016 14:17:00 +0000</pubDate><guid>https://writeitdown.amebaownd.com/posts/1771077</guid><dc:creator>なかむら</dc:creator><category>ESSAY</category></item></channel></rss>